2021年11月25日
『この冬は 凋落の冬 沈没の冬』
今日の毎日新聞の朝刊には京都大学環境学の藤原辰史先生の明快な「原発推進姿勢」批判が掲載されていました。
私も全くその通りだと思いました。岸田新政権が「脱炭素」に名を借りて「原発推進」にシフトする愚かさを鋭くついています。
「原発」は不祥事をとにかく皆でひた隠す日本の社会には手に負えない装備です。原発の良さ悪さを議論する以前の問題です。今まで数多の不祥事が隠蔽されてきました。また、それらに絡んで原発に絡んでは「人が死ぬ」のです。記事では地球収斂プルトニウム拡散自爆兵器「もんじゅ」の冷却ナトリウム漏れの隠蔽で人命が失われたことが紹介されていますが、「もんじゅ」だけに限ってもそれだけではありません。「敗戦処理会社」のジャパンディスプレイやエルピーダでも・・・。この国は「テニス選手が姿を消した?」の国よりももっともっと怖い国だと思います。
岸田新首相と言えば「分配と成長」を目指す政治は既に先の衆議院選挙の期間中に始まっていたようで、茨城に続いて広島でも選挙応援の催しに現金場ばらまかれたとの報道が相次いでいます。それにしても「分配」政策の根幹の「低所得世帯主給付金」はどうなったのでしょう?
夫婦合算でなく、稼ぎの少ないダンナさんにだけ給付金がたったの五万円だけ下しおかれる、それはそれはありがたい施策なのですが、どうなったのでしょう?国会議員は「文通費」が年間1200万円支給され、領収書無しで自由に使える一方で、貧乏人には一回限りの5万円でいい、という彼らの金銭感覚は実に「さもしい」限りです。こんな恥知らずが国政を牛耳っているかと思えば、国民は「危機感」を通り越して「移住先」を探さなければなりません。今、注目されているテレビドラマ「日本沈没」が今の日本の①全産業衰退②無能政権③希望無しの状況を象徴していると思われます。そういえば鬼籍に入られた小松左京さんとは1998年頃平河町のクラブでお見掛けし、私が一番好きだった「日本アパッチ族」の話をすると「土地の所有」の意味について、持論を熱く語っていただいたのを想い出します。「復活の日」でもそんな彼の国家や領土、土地所有の話が出てきたように思います。
話は「日本沈没」に戻りますが、沈没する日本を逃げ出す人々を受け入れる国などあるのでしょうか?難民として受け入れてもらうしかないのでしょうか?かの地では「家畜人ヤプー」(沼昭三)のような扱いを受けるのでしょうか?
移住はあまり現実的ではありません。今から練習して中国人のふりをする、というのはどうでしょう。今まではアメリカにあこがれる人が多かったように思いますが、誰もが二刀流でMVPを獲れないわけですから、これからは広い視野で「有望国」を探すべきでしょう。でもそういう発展する国で生き抜くというのはなかなか大変だろうと思います。ずる賢い役人どもと無能で貧相な政治家の下で、搾取され、騙され、ごまかされ、何も考えずに、希望を捨て、奴隷として幸せそうなふりをしてこの国で一生を過ごすのが唯一の生きる道なのかも知れません。
ところで最近、中國が中国としていません?1911年以来中国は中國になったと思っていましたし、そう説明する華人の方も多数おられましたが、ここにきて則天字をやめたような気がしますが・・・。ハート&ネグりというより、ポリュビウスの言う「帝国」の完成ということなのでしょう。