2022年6月9日
『ウソつきに ウソつきと言えぬ 華夷秩序』
「国民は物価高騰を容認している」という意味にとれる日銀の黒田総裁のあきれた発言におとなしい日本国民から「怒り」が収まらない。
しかしすぐにこの問題は黙殺されるのだろう。どこまでも権力に対する「隷属」を「許容」する国民性である。
黒田総裁は商品の値段が上がっても「なじみのスーパーで買い物する」国民が大半である、と言ういい加減なアンケート調査の結果をもってして、国民は値上げを許容しているとの日本銀行様の分析結果を国民に向かって公共電波で表明した。しかし同時に「買い物の量や頻度を控えている」という調査結果は知っていたのに説明では伏せていた(6月9日毎日新聞)。不都合な調査結果を隠した、という点は大問題だ。隠した調査結果から「国民は値上げを容認していない」と誰でも結論できる。にもかかわらず「容認している」と結論付けた黒田総裁はウソつきである。日銀はいつも国民に「情緒的な」コメントを発表している。例えば「景気は堅調な回復の兆しを見せてはいるものの、それが顕著に表れている段階ではなく、弱含みを醸しだしながら、枯れ野に春風と思しき香しさを感じ取れる『あはれ』なる日も来たらんことをそうらわずらん」みたいなタンカンである。
つまり、何を言おうが国民は誰も聞いてはいない。誰も期待はしていないのだ。だから発表している日銀も「どうせ誰も聞いてねぇや」といい加減なのだろうが、今回のようなウソはいけない。日銀の総裁でありながらこんなウソデタラメを平気で国民に開陳するならば、これは立場、信用を利用した「資格犯」、詐欺である。日銀は詐欺師の機関なのだ。日銀は「反社会的組織」、つまり「ハンシャ」であり、やんごとなき「オニ総理」の「イヌ内閣」のご政道に泥を塗ったということであれば「ハンニチ」だ。即座に廃止すべきである。さらに黒田総裁は釈明の会見で「誤解を与えてしまい・・・」などと意味不明の発言をした。国民は誰一人、黒田総裁の言葉を誤解など一切していない。誤解のしようがない、暴言というか狂言である。ロシア文学的に言えば、「佯狂」というべきか。
さて日銀の黒田総裁の「値上げ容認」の非合理的な根拠に対して、毎日新聞は6月9日の社説で黒田総裁は「一つの調査結果を自らの主張に沿う形で恣意的に利用したように見える点も問題だ」とお上品に表現している。どうして「こいつはウソつきだ!詐欺師だ!すぐに辞めさせろ!」と書かないのか?それに「恣意的」という言葉の使い方が間違っている。「恣意的」ではなく「意図的」とすべきだ。「恣意的」は「その時に行きあたりばったりで何の意図もなく、いい加減に」という意味だ。毎日新聞は「恣意的」と言う言葉を使うことで、報道の内容を歪めている。するとおそらく「意図的かどうかは本人に確かめてみないとわからないので恣意的とした」と、わけのわからない、お上品な言い訳をするだろう。
ならば「意図的と思われる」とすればすむことだ。黒田総裁の側に立つ人もいる、という意見も出るだろう。しかし私はその背景にあるのは「漢籍」を敬愛してやまない日本社会の底流にある「華夷秩序」だ。簡単に言えばとある就職アプリ会社が活用する「大東亜以下」の「秩序」である。文化、教養、知識を最高の価値と重んじる社会全体を覆う、ゆるぎない価値観だ。勉強できる→えらい→間違いは起こさない→正しい→悪い人じゃない、という日本社会にこびりついた思考過程た。文明と野蛮、教養と暴力に二分される。これは「権力者だから間違いはしない、正しい、いい人だ」「添い寝議長もいい人だ」という権力隷従とは別物だ。例を挙げれば、先にあげた「佯狂」「漢籍」と言う言葉を理解できるかできないかで人が「区分」される社会である。
新聞はやはり常に「お上品」で教養に満ち溢れている世界にある、というイメージを未来永劫、崩すことができないのだろう。