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勇患列伝

白石よしえさん(仮名) 76歳 女性 重症冠状動脈病変、心筋梗塞後低左心室機能

代わりにお嬢さんが外来受診してきた。となりまちの市民病院にお母さんが入院中だということだ。本人がいないのだから正確には「受診」ではない。最近こういったご家族の方が代理できて入院のご相談を受けることがよくある。どの患者も重症だ。だらか本人が入院中で家族が代理で来る。患者を実際に診ないで手術をするかしないか決めるのは勇気がいる。家族の持ってきた情報だけで判断することは実は全くできない。家族が信用できないわけではない。先方の病院の情報だけでは不十分と言うわけでもない。むしろ、「心臓手術をするかしないかについて、患者の医学的な情報だけで判断できるものでは決してない」、というべきか。だが多くの場合、家族は熱心だ。だから来る。当たり前だが、とにかくそういった力強い家族の熱意で充満した雰囲気に押し流されて、大概の場合手術を決定している。私の判断は医学的ではなく、情緒的だ。
ここで紹介する患者さんは案の定、重症だった。
「ある病院に行ったら手術を断られたんです」
お嬢さんは言った。
「その病院はまともです。この場合、普通なら手術はしません。危険すぎる」
私はこう付け加えた。
手術の結果はわからない。いいほうにも悪いほうにもわからない。
一ヶ月前まで普段どおりの生活をしていた、というお嬢さんの言葉に期待を持って、手術を予定して入院してもらうことにした。下肢も切断せざるを得なかった、という重症な動脈硬化が全身の血管にある。入院してきた患者さんを診て手術を断る選択肢も残したつもりだった。
だが入院してきた患者さん、白石よしえさん御本人を見て私は救われた。
ニコニコしている。病院食がおいしいという。手術は上手くいくと思った。
手術は動きの悪い心臓を切り取る左心室形成術とバイパス手術を行った。
案の定、術後の経過は順調だった。
何より、職員一同、白石さんと接することがとても楽しそうだった。
白石さんはつらく感じることもあっただろうが、傍目にはとても楽しんでいる様子だった。
だから彼女は病棟で人気者だった。
白石さんの物語のもう一人のヒロインであるお嬢さんからメールをいただいた。
私の外来診察室で最初にお嬢さんにお会いしたとき、いつもの調子でくだらない冗談を言ったら彼女は大笑いしてくれた。そして同時に大粒の涙を流した。大笑いしながら泣いている彼女の顔。底知れぬ思いを秘めた人間そのものの顔だ。どのような大女優でも演じることなど決してできない、リアルワールドが作り出した再現不可能な表情。しっかりと私の脳裏に刻まれている。

以下メール
2月に糖尿病が悪化してF市民病院に緊急入院をした後、
左足ひざ下を切断し、
一段落したと思ったら
その後さらに心筋梗塞を起こして
心臓の状態を調べていただいたところ、
「左主幹部が狭くなっており
いつ心不全を起こしても不思議ではない
長く生きられない」と言われ、
「バイパス手術しかないと思う」と
循環器科の先生に言われたときは崩れ落ちそうでした。

足を切断しただけでも、母のその後の生活を思い描くことができませんでした。やっとリハビリと家のリフォームをすることを
考え出してからすぐのことでしたので、ショックは母も私もそうとう大きかったのです。

すぐひとづてに聞いた病院に連絡をしましたが、
重い糖尿があり、左足切断しており
そんな病人をやはり引き取ってくれるはずもなく丁寧に断られました。

きっと母は病院難民になるのだろうと思いながら、
大和成和病院の南淵先生を訪ねたときはぎりぎりの気持ちを抑えながら話を聞いていただきました。

先生は今思い出しても涙が出てしまいますが、
そんな気持ちを汲み取ってか
冗談を交えながら聞いてくださり、母を受けてくださると
言われたときは正直びっくりいたしました。
絶対に断られると思っていましたので。

手術前に先生に病状や手術の方法についてのお話を伺うとき、母の手術を引き受けることがどんなに大変であったかということが分かり、先生にひたすら感謝いたしました。

手術はやはり成功しました。
先生は手術後「今回の手術をやらせてもらって勉強になりました」と頭を下げられ
一流の人というのはやはり謙虚であると思いました。

術後周りも驚くぐらいの回復をしている母の、
義足を作る手配をして、リハビリを前向きにがんばろうとする
姿をみていると、先生にお願いしてよかったと心から思います。

母はよく「思いやりも教養のうちだよ」と私に言っていたのをこの病院に来てよく思い出します。
南淵先生だけが一流なのでなく、かかわるすべてのスタッフの方も
患者のために全力で対応してくださる、
心臓を治すだけでなく、
病人やその家族の心も直す思いやりを持った病院でした。

平成21年6月24日 南淵明宏

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