トップ勇患列伝 > 勇患列伝 その9 修証一等編
勇患列伝

小島フタエさん(仮名) 80歳代 女性 急性大動脈解離 上行~弓部大動脈人工血管置換術、冠動脈バイパス術

「心臓病など忘れてしまう、ありふれた日常」
 命を懸けた心臓手術のあと、患者さんをこんな状況に最短で戻す― これが私の仕事。知る人ぞ知る理学療法士という医療職種だ。社会では、リハビリテーションという代名詞で認知されているが、心臓病に専門特化したリハビリを扱う理学療法についてはあまり知られていない。
だが大和成和病院では大いに羽を伸ばして仕事をさせてもらっている。いや、自分達に任された大役の重みをひしひしと感じながら仕事をさせてもらっている。患者さんの強い強い思いを自分の手で受け止めている仕事でもあるからだ。
よく、患者さんから質問される。
「心臓のリハビリ?」
「どんなリハビリですか? まさか、心臓マッサージとか…」
事実、まだ社会的にもその周知度は低い。病院業界においても全国的に心臓リハビリを実践している施設は極限られている状況である。
なぜ、浸透していないのか?
適切なリハビリを受ければ、その効果は抜群だ。海外のデータでは心筋梗塞の再発生率を低下させ、生命予後さえも左右すると言われている。
今までの、病人=安静、をくつがえすリハビリに危険はないのか?
手術したばかりの心臓に、運動という負荷をかけ、体を日常生活に馴染ませるリハビリは、
「果たして大丈夫なのだろうか?」、「早すぎるのではないだろうか?」
しかし、ここ数年で様々な角度から研究がなされ、なるべく早い時期から積極的なリハビリを実践したほうが、はやく元気になり、QOL(人生の質)も高まることが確認されている。また、専門家の管理化に行うリハビリによるトラブルの発生率は著しく低いとされている。
さて、リハビリの説明で前置きが長くなった。
冒頭で掲げた「心臓病を忘れてしまう、ありふれた日常」を取り戻す患者さんの挑戦を手助けするプログラムをここ数年来実施しているが、我々の眼からすればどの患者も勇患そのものだ。リハビリ室は勇患の宝庫と言える。ここであえて、ある一人の勇患を紹介したい。
この方は、重度の病が2つも重なったが、持ち前の「気力」でリハビリを自らの手で乗り越えた「強い患者さん」である。

小島フタエさん(仮名) 80歳 女性である。
「病気とはなんたる理不尽なものか」
なかでも大動脈解離(全身に血液を廻す血管の大本幹が裂ける病気)は前兆もなく、突然発祥する。身体内の無差別テロのようなものだ。いつ誰がなってもおかしくない。
小島さんは大動脈解離を発症される以前から「脳梗塞」と対峙し、一時は歩けない状態であったが、リハビリを乗り越え、職場復帰を果たされたご経験を既にお持ちだった。
夢にまで見た目標を達成し、またこれからもうひと頑張りというときに、よりにもよって大動脈解離を発症され、当院の手術室という過酷な激戦地に放りこまれた…
前線から帰還命令を受け、やっと家族のもとに還った兵士に、また召集令状が来てもっと過酷な最前線行きを命じられたようなものだ。
心臓に繋がる大動脈を人工血管にすっかり交換し、冠状動脈にも新しい血管を移植するいわゆる冠状動脈バイパス手術を行った。脳に向かう三つの動脈の根本も人工血管に交換した。正真正銘の大手術である。これ以上の大規模な手術はないだろう。手術は約7時間に及んだ。翌丸1日は人工呼吸器管理下におかれ、2日目の午後に目が覚め、その日の夕方には自力で呼吸が可能となり、会話が出来る状態まで回復した。普通であれば、自分に何があって、どうなったのかと興奮してパニックになるのが当たり前で、場合によっては精神的ショックで激しく落胆する患者さんもいる。
しかし、小島さんの発した言葉は驚くべきものだった。
「私はいつから仕事に行けるの?」
この一言で小島さんの強さを垣間見た気がした。そして、もう既に、苦難のリハビリを再度乗り越える覚悟が出来ている事を私に気付かせてくれた。
「ハッ」とした私は即座に我に返り、現状の身体機能を評価し、小島さんへ告げた。
「充分にリハビリをなさった経験者さんですね、大丈夫、歩けます!」と。
それは励ますつもりでもなく、小島さんから私に伝わってきた感触だった。
小島さんのその偽りのない努力は、私の手を通じて感覚として入力された。
それから家族を含めたリハビリが始まった。1日2回の歩行練習を含むリハビリは、痩せた身体には辛そうに見えた。だが一歩一歩前進していく自分を、彼女は「おししそうに」噛みしめていたように感じた。常に前向きに、ポジティブに、そして止まらない意気込みは1ヶ月後のリハビリでカタチとなった。
現在では、週2回の職場復帰をされ、仕事というライフワークを有意義に過ごされている。緊急手術における生還、日常生活への復帰、大好きな仕事へ復職。まさしく、大動脈解離に「完全勝利」したと言えるのではないか。
小島さんの強い意思は私共医療者のモチベーションを遥かに越えるものであり、
逆に勇気付けられた。そして、身をもって「想いは形となる」事を示してくれた有言実行の勇患であった。

リハビリテーション科 理学療法士 德田 雅直

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